魅惑の国インド コルカタ編
コルカタ(カルカッタ)
デリーから列車でおよそ27時間
バラーナシからおよそ14時間ほど
514万もの人口を抱える大都市
1911年のデリー遷都まで植民地インドの首都として栄えていたのです。
列車の中では博識そうな男性が話しかけてきましたが
ほとんど会話にはならず(英語出来ないので)
理解できたのは、ただ僕は日本が嫌いだと言っていました。
周りの人は笑いましたが冗談なのかわからず・・・
おそらくテクロノジー、技術関連のことであまりよく思ってないという事を言ってたのかな。
日本人としてはなんとも切ない感覚でした。
もし英語が出来るならもっと突っ込んだ話が出来たのにと思います。
別に日本を擁護したいとかさらさらないけどなんでそう思ったのか、
外国人からの日本の見え方をもっと理解したかったですね。
英語は出来なくても旅は可能です
実際旅の中で色んな単語を覚えたり多少リスニング力もつきました。
ただ、もっと有意義にする気があれば英語は使えるようになるべき!!
列車では、隣に座ったインドのおばさんがとても良くしてくれ、おかしや、
食べ物を分けてくれたり、ぶつかって良いから横になって寝なさいと寝かせてくれたり
優しさに感動しました。最初、知らない人からの食べ物は貰っていいのかどうか、
不安でしたが睡眠薬も入ってなく、快適な列車の道中に。
疑ってすいません・・・
この方は英語が出来ないので、片言の英語とヒンドゥー語で話してたんですが
つかの間の癒しでした。インドはまだ男社会なのであんまり女性と街中やお店で会い、
話すことが無かった様に思います。
この方の息子さんも一緒に乗っていたようで最後挨拶し
BYEBYEしました。
夕方8時過ぎに駅に到着。
ハウラー駅はとても大きく東京のラッシュ以上の熱気と群集でごっだがえしていました。
途中人が押しつぶされたのか悲鳴と怒号も混ざりつつ駅前へ。
他の都市では見かけなかった綺麗な多くのタクシーが並んでいます。
見知らぬインドのおばさまと相乗りし無事にサダル・ストリートへ。
途中高速料金を請求されたけど、おばさまが何か言ってくれて
払わずに済みました。感謝!
ストリートには思いの外外人観光客が溢れて
盛り上がっている様子でした。賑やか−
ですが、もう疲れてて客引きにホテルまで案内してもらいました。
この頃になると料金の交渉も、自分の要望を伝えるのも自信があり
結構楽しく会話が出来ます♪
しかしチップをけっちたら怒って帰ってしまいました・・・
けちでごめんなさい。人間変わるんです。
見所
- マザーハウス
- インド博物館
- モイダン公園
特にマザーハウスは会う日本人の多くの方が行く予定だと話してて
私も旅の目的のひとつでした。
でもでも、列車の都合や他の都市で時間を使いすぎたため今回は泣く泣く断念。
めちゃくちゃ行きたかったのに・・・
1997年になくなったマザーテレサの活動の地です。
ここではボランティアが出来るので興味がある方はぜひ行かれることをすすめます。
マザーハウス 他
詳しく載っているのでお借りしました
コルカタでは時間がなくまったく何も出来ずに
寝て起きてすぐに、空港へ。
美味しいと有名のビリヤニ食べれなかった・・・
空港で途中パスポートをホテルに置き去りのことを思い出し、
危なく出国出来ないところでした。
あの時の恐怖といったら、もうぉおやばいですよ。
だって帰れないのよ??!!まさかですよ~~
幸いドライバーがまだ空港に居てくれたから、
すぐにホテルオーナーに電話して、ホテルに帰りパスポートを手に。
倍の料金を支払いつつ、このタクシーの運ちゃんがちょっとだけ
イケメンだったので結果オーライとしましょう(*^^*)
しかし写真を撮ろうとしつこく危うく乗り遅れそうに!
しつこすぎて最後私はまたインド人男性に切れるのでした。
さようならインド・・・
なんて哀愁に浸る時間なんて皆無。残念
けど
あのガソリン交じりの排気ガス、
土ぼこり、
列車停車中に臭うアンモニア臭
インド人の罵倒
ぼったくり
カレー
全て、何をとっても忘れられません。
皆カレーに飽きると言いますが、一度も飽きませんでした。
マサラ風味。美味いじゃん。ALLインド料理で過ごせるわたし・・・
今もこうして、また行きたいと思ってしまうほど魅力があったのだと感じます。
次は南インドを見に行きます♪
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